
プロローグ
(今回は歩き出すまでに文字数が多いです)
2025年も開催された正月散歩。
sagaminami.comさて2026年はどうしましょうか、といつものメンバーで検討をしていたところ、メンバーの1人が「こんなのありますけどー」
media.jreast.co.jpprtimes.jpということで「JR東日本 × さがみはら クイズラリー」への参加を提案されました。
全員興味を持ち、前向きに検討することになりました。
日程も決まり、どうやって周るかというところで、「全部歩いてもなんとかなるんじゃない?」という相変わらずの意見が出ました(私ですが)。
簡単に計測すると、まぁ確かになんとなく我々ならちょうど行けそうなぐらいの距離の感じだったのです。
しかし後日、最初の提案をしたメンバーから「クイズが改札内にあるか改札外にあるかわからん…」との情報が。
聞くと、橋本駅は改札外にクイズがあるが、相模原駅は改札内にクイズが掲示されているということ。
これは困りました。
クイズの掲示場所が全部改札外ならそれこそ全部歩いていけるし、全部改札内なら、有効なきっぷがあれば改札を出ることなく回れるはずです。

この略図の中でQマークをつけた駅がクイズラリーの対象駅ですが、改札外にあるのか改札内にあるのかわからない、ということは、各駅で乗り降りすれば良い。
ということになりました。
具体的には、
- 電車で原当麻駅到着
- 改札内を探してクイズがあれば解答する
- 改札を出る
- 改札内に無かった場合は改札外を探してクイズに解答する
- 歩いて上溝駅に行く
- 改札外を探してクイズがあれば解答する
- 改札を入る
- 改札外に無かった場合は改札内を探してクイズに解答する
- 電車で南橋本駅へ(1.へ戻る)
といった感じです。
クイズラリー対象駅の改札を必ず通ることにすれば、クイズが改札内改札外のどちらにあっても対応できるんじゃないかという考えです。
一般的には「5.」の発想にならない、というのはよくわかっております。
また、JR賞のゴールは橋本駅有人改札なので、ゴールを橋本駅にするのが効率が良さそうです。
ということで、これをベースに、お散歩・初詣を混ぜ込んだ計画が年末に完成しました…。
企画概要
あけましておめでとうございます。
ということで、新春らしいお散歩をしよう、ということで企画されました。
今回の目標は
- 「JR東日本×さがみはらクイズラリー」のクリア
- いろいろなところで初詣
- 見たことないところを見学し、歩いたことない道を歩く
- 正月太りの多少なりとも解消を目指す
一応だいたいの計画は立ててありますが、どうせ予定通りにはいかないので、臨機応変現地調べで行きたいと思います。
残念ながら夕食は多分またおなかいっぱいコースなので、4番目の目標もがんばります。
集合・海老名駅
2025年のこの企画、JR相模原駅の集合は朝7時でした。
まだ薄暗く寒い中のスタートとなってしまったので、2026年は大幅にゆっくりスタート!
ということで、7時45分に海老名駅集合です。

ということで自分は小田急線でやってまいりました海老名駅。
ちょっと早めに到着しましたが、箱根そばは今日は8時オープンなので大丈夫です(微妙な時間があって箱そば開いてるとつい食べちゃう)。

相模線を利用して来たメンバーからは、相模線から小田急線の駅の間の橋がツルッツルに凍っていたとの報告がありました。
今日は足もとも気をつけていきましょう。

では7時50分、スタートです。
まずは海老名中央公園へ
海老名駅を出てビナウォーク方面へ向かいます。

すると近代的な商業施設の建物の中に、ちょっと不思議な感じのなにかが見えてきます。

手前のプールみたいのは「海老名中央公園 わくわくアイスワールド」だそうです。
www.icerink.jpスケート場ですね。
ちなみに先ほど海老名駅間の橋上でツルッツルという話もありましたが、今朝は冷え込んでおりまして、しかも昨日少々雪など降ったものですから、日陰には雪や氷が残っていたりします。気をつけていきます。

商業施設にかこまれたこちらの七重塔モニュメントですが、もともとはこちらの七重塔が先に立っていたそうです。
その後、この海老名中央公園の周囲にビナウォークが完成した、ということで合っているでしょうか。

しっかり逆光ですが、かっこいいですね。

脇にあった紹介文です。
推定される大きさの3分の1で建てられています。
1992年に建てられたとのことですが、ビナウォークはその10年後の2002年の開業となっています。

通り過ぎて振り返ってぱちり。
朝日に照らされる七重塔モニュメント、かわいいですね。
国分寺跡へ
七重の塔モニュメントをあとにして、つぎの目的地、「相模国分寺跡」を目指します。

広い道に突き当たったところで一旦左へ進みます。
そして見えている信号の交差点を右に曲がります。

ビナウォークの建物に沿って進みます。
日陰はまだまだ寒いです。

突き当り…のように見えるこの交差点、正面の細い道に入っていきましょう。

狭いですが人通りはそこそこありました。

さらに進んでいきます。

相模国分寺跡に到着です!!
相模国分寺跡
相模国分寺跡に到着しました。
東側からおじゃまして、西側へ抜けていきます。

大山さんと、近代的な建物と、国分寺跡史跡です。
なんかいいですね。

右奥に見えるのが、七重塔跡です。

右に見える石碑には

「相模國分寺遺蹟」とあります。
朝日による影がまだまだ長いため、メンバーの位置にも気を使います(ごめんよー)。

こちらは先ほどの碑からずーっと左側に移動してきたところです。
「史蹟 相模國分寺阯」とあります。

左には「中門・回廊跡」ということで説明板がありました。
ひとつ上の写真で見えているコンクリート敷の部分が門の跡だそうです。

こちらが七重塔の跡です。

「塔跡」との説明板です。
英語での説明部分にタイプミスがあるような気もしますが、ダブルクォーテーション内のため固有名詞かもしれないので指摘しないでおきます。

上がってみました。
さすがに大きいですね。

振り返って逆光で。
相模国分寺跡について

たくさんの案内板が充実していましたが、こちらの案内板が「国史跡 相模国分寺跡」全体の紹介としてはまとまっているように感じたのでこちらから引用させていただきます。
奈良時代、聖武天皇は仏教の力で国の安寧を図るため諸国に国分寺の建立を命じました。相模国分寺もその一つで、8世紀後半には建築が始まったとみられます。七重塔と金堂を東西に、講堂を北側に配置する法隆寺に似た建物配置をとり、回廊と築地塀で周囲を囲んでいます。その外側は素掘りの溝で区画され、寺の範囲は東西240m、南北300m以上と諸国の国分寺跡の中でも有数の規模を誇ります。
(中略)
相模国分寺は平安時代中頃まではこの場所で存続していたとみられますが、中世には判然としなくなります。江戸時代には現在の東光山国分寺の場所へと移り、その法灯が受け継がれています。
上記の説明板の復元図を見ても「なんか奈良っぽい!!」と思ってしまうほどですね。
久々に法隆寺にも行ってみたくなりました。

こちらの案内板は、どちらかというと現役当時というよりは、その後について文字を割いています。
(前略)平安時代中頃までは修理や再建が行われていたようです。
しかし、平安時代後期には荒れ果て、やがて現在の国分寺の場所に移転したといわれています。
相模国分寺跡は、江戸時代に書かれた「新編相模国風土記稿」の挿し絵にも遺跡が描かれているほど古くから知られていました。
明治時代後半から大正時代にかけて尋常高等海老名小学校(現在市立海老名小学校)の校長であった中山毎吉が相模国分寺跡や国分尼寺跡などの遺跡を調査して、矢後駒吉とともに「相模国分寺跡志」という研究書にまとめました。
こうした中山毎吉等の調査研究や保存運動により1921年(大正10)3月3日に相模国分寺跡は「国指定史跡」となりました。
海老名市では貴重な文化遺産である史蹟相模国分寺跡を現状のまま保存するだけでなく、復原・整備をする環境整備事業を平成元年度(1989)から始めました。(後略)
調査研究や保存運動を行った方々のおかげもあって大正時代に史跡に指定されたことで、戦前戦後の開発に飲み込まれることなく、現在に至るまでこの規模の遺跡が残っているとも言えるかと思います。ありがとうございます。
文化庁の文化遺産オンラインのページはこちら。
次回予告

海老名駅をスタートして、現在は相模国分寺跡です。
時刻はまもなく8時30分というところです。
次回はまずは現在の相模国分寺にお参りさせていただきます。
その後は海老名駅に戻ってでんしゃに乗る予定です
次回記事はこのへんです
次回もどうぞよろしくお願いいたします。