
無量光寺とは
当麻山無量光寺は、神奈川県相模原市南区当麻の首都圏中央連絡自動車道(圏央道)相模原愛川インターチェンジ近くにある寺院です。

当麻山無量光寺は、寺伝によると、弘長元年に一遍上人がこの地に草庵を設けたのが始まりとされています。
弘長元年は西暦でいうと1261年にあたり、日本では鎌倉時代と呼ばれる時期となります。当時の執権は北条(赤橋)長時でした。
余談ですが長時の曾孫が赤橋登子(足利尊氏の正室)となります。
一遍上人はその後三度この地を訪れ、弘安5年(1282年)の三度目の逗留からこの地を離れる際に、自らを池の水鏡に映し、自らの等身大の木像を作り安置しました。これが現在の御本尊となっています。
嘉元元年(1303年)には真教上人があとをついでこの地に入り、建物を建立し、阿弥陀仏の意味する無量光仏より無量光寺と名付け、時宗の本拠地となりました。
その後、鎌倉時代には執権北条氏、室町時代には後北条氏の庇護を受け、繁栄しましたが、反面北条氏・後北条氏それぞれの争いに巻き込まれることも多くありました。
戦乱によるものも含め何度も火災にあっている無量光寺ですが、その都度再建再興されてきました。しかし明治26年(1893年)に当時の本堂を火災で焼失したのちは本堂は再建されず、それまで佛殿があった位置に設置された仮本堂のまま、今に至っています。
こちらの(仮)本堂には御本尊として木造一遍上人立像が安置されています。この立像は相模原市指定有形文化財となっています。秘仏とされ、毎年10月23日の開山忌に一般公開されますが、相模原市中央区にある相模原市立博物館ではレプリカが常設展示されています。
なお、もともと本堂があった、山門からの参道を真っすぐ進んだ位置には現在、一遍上人像があります。
鎌倉仏教の一つとして歴史の授業でも習う時宗の本拠地であった無量光寺ですが、紆余曲折の末、現在は神奈川県藤沢市の清浄光寺(通称遊行寺)に総本山は譲っています。
現在の当麻山無量光寺は往時の繁栄を偲ばせる広い境内が残り、地元の人々のみならず多くの人々が訪れています。
毎年10月23日の開山忌法要には特に多くの人々が訪れ、踊り念仏の奉納など、往時の繁栄をうかがい知ることができます。
以上、自分なりにまとめてみましたが、より詳しく知りたい方は、下記の公式WEBサイトやWikipediaなども参考になさってくださいませ。
アクセス

公共交通機関
駅から徒歩
駅から歩こうとする場合の最寄り駅はJR相模線原当麻駅となります。
原当麻駅西口からファミリーマート相模原麻溝小前店のある「麻溝小学校入口」交差点を経由する比較的わかりやすいルートでも、無量光寺の外門まで900m程度、下り坂も多いので15分はかからずに到着できるのではないでしょうか。(外門から入ったあと、少々登り坂になります)
おそらくgoogleマップなどで徒歩ルートを検索すると住宅地の中の細い道を通るショートカットルートが提案されると思いますが、ちょっと難しい上、階段を通るようなルートが出てくるかもしれません。
ファミリーマートから相模原愛川インターチェンジに向かう県道52号線は拡幅整備が行われましたので、歩道の幅も広く、景色もいいので、こちらをおすすめしておきます。
路線バス
最寄りのバス停は神奈中バス「当麻市場」バス停となります。
JR原当麻駅と厚木市の厚木バスセンターを結ぶ、「厚79」「厚81」系統が停車します。
当麻市場バス停を降りて上を見上げると、無量光寺の墓地が見えていると思いますので、斜めに上がる坂を登れば境内となります。
「当麻市場」バス停の時刻表はこちらです。
また、原当麻駅を発着する各種バス路線で原当麻駅のバス停で下車することで、電車から降りた場合と同じように、歩いてくることもできると思います。
その場合は上記「駅から徒歩」をご参考にされてください。
また、原当麻駅発着路線でも相武台前駅・相武台下駅・下溝駅方面から来る「台14」系統の場合は、踏切の手前になる「原当麻駅入口」で下車することで少々時間短縮できると思います(バスはそのあと踏切を超えてぐるっと周って東口へ向かうので)。
クルマ
当麻山無量光寺には大きな駐車場がありました。

無量光寺にも墓地がありますので、自分が境内をお参り・見学している間にも、クルマでやってきてお墓参りされる方が何組かいらっしゃいました。
参考までに周辺地図は以下のとおりです。
高速道路のインターチェンジが本当に近いことがおわかりいただけると思います。
ルートとしては、圏央道相模原愛川インターチェンジに近い県道52号線に所在する「無量光寺入口」交差点を目指すことになります。
カーナビゲーションシステムによっては、こちらの信号を経由せずに目指すルートや、もしくはそのクルマで入るには難易度の高いルートを誘導する場合もあるかと思いますが、こちらの信号を目指してここから入るルートが無難と思います。
ちなみにこの交差点から入る位置の緯度経度は「35°31'36.1"N 139°22'10.1"E」となっておりますのでもし必要な方はどうぞ(なかなか緯度経度でカーナビ指定される方はいらっしゃらないとは思いますが)。

- 相模大野・北里方面の県道52号線から…県道52号を相模原愛川インターチェンジに向けて走り、相模線の踏切と県道46号を越えたらすぐ(2つ目の信号)
- 圏央道相模原愛川インターチェンジから…左分岐を3つスルーして町田方面へとアンダーパスを通過するとすぐ(最初の信号)
- 大野台方面の市道嶽の内当麻線から…当麻市場交差点を左折して下当麻交差点を左折するとすぐ(最初の信号)
- 新磯方面の県道46号線から…麻溝小学校入口交差点を県道52号線へ左折してすぐ(2つ目の信号)
- 国道129号線から…中央区の塩田原交差点から県道508号線に入り、下当麻交差点を左折するとすぐ(最初の信号)
あとは「無量光寺入口」の交差点を北へ向かって入っていただければオッケーです。
が、


曲がるやいなや三叉に分かれております。
こちらは、大変目立つ案内看板のとおりに

一番左のこちらの道を選ぶのが正解となります。
首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の相模原愛川インターチェンジ開設に伴う県道拡幅改良工事の影響で、ちょっと無理のある線形となっております。
なお、標識の通り、朝7時~9時の通学時間帯にはこの道にしか入れないことになっています。

とにかくたくさんの案内掲示看板があります。
でもまぁわかりやすいので助かります。
そのあとは県道の側道のような状態になっている道を進むと右前方に門が見えてきますので、

写っている白いクルマのように門から入ってしまって大丈夫です。

この白いクルマはもともとかっこいいスタイルのクルマですけど、こういった道を走っている様はとてもかっこいい気がいたします。

そのあとはこの坂道を登って行ってください。
この坂を歩いて登り降りされている方も多くいらっしゃいます。また、対向車が来る場合もありますので、登り坂でクルマも低速はしんどいとは思いますが最大限の注意と徐行をくれぐれもお願いいたします。

さらに進んで、こちらの門の手前を右に進むと

駐車場到着となります。お疲れ様でした。
お参りしてきました(2023年11月下旬)
駐車場にクルマをとめまして、山門からスタートすることにします。

こちらの無量光寺山門は、相模原市指定文化財となっています。
ちなみに番号としては第1号になります。
こちらの解説によりますと、建築は17世紀初頭と推定されていて、神奈川県内に類例の少ない形式の門だということです。また、県内においてこの形式の門の中で最大にして最古のもので、大変貴重な門ということでした。
この形式とは、親柱の後ろに袖を付けて柱を建て、それによって両側それぞれ二脚となり(二脚門)、さらにその二脚に屋根がかかっている高麗門と呼ばれる形式です。


扁額です。
「当麻山」という号が書かれています。
それでは一礼して門をくぐり、早速進んでみたいと思います。

山門をくぐった先の参道になります。
明治の火災で失われるまで本堂のあった位置がこの一番奥になるそうです。
そして現在その位置には一遍上人像があります。
この参道の左右にも見どころが多いのでゆっくり進んでいきたいと思います。

左手にある、北里大学医学部さんの納骨堂です。
医学のためにご献体いただいた方の慰霊と感謝のために建てられたそうです。

右を向くと、十三重石塔がありました。
なかなかの大きさでした。


左側には沢山の石碑石塔が建っています。
その中でもこちらの石塔は「無量光寺の徳本念仏塔」として、相模原市の登録有形文化財となっています。
こちらの解説文によりますと、この徳本念仏塔には、側面に文化十四年(1817年)の銘があるそうです。(苔を踏んではいけないと思いましたので近くには行っていません)
境内には一遍上人の歌碑が多くありました。

他にも芭蕉の句碑をはじめ、たくさんの歌碑句碑がありました。

戦没者供養塔です。

こちらにも池がありました。

鯉が泳いでいました。

参道右手には手水舎があります。
そして正面を向き直すと

一遍上人がいらっしゃいました。
こちらも手を合わせさせて頂きました。
ここから右へ進むと

鐘楼がありました。
左隣は経堂と書いてあります。


立派な鐘がありました。
昭和三十三年、という文字も見えます。

そして(仮)本堂が見えてきました。


仮本堂ということですが、長い年月を経て、歴史の重みとともに貫禄のある堂々とした建物と感じられます。

「仮」という文字はちょっと忘れておいてもよいかもしれません。一般的にイメージする「仮○○」とは全く違いますね。

11月下旬の朝早めの時間にお邪魔しているのですが、段々と日が昇るにつれて暖かくなってきました。
そしてお天気が素晴らしい感じの快晴になってきました。


合成のような、ブルーバックのような、切り抜きがすっとできそうな、そんな感じの写真が撮れました。
本堂にお参りします。
扁額の写真を撮りたかったのですがどうしても本堂の中が写ってしまうのでやめておきました。
本堂に向かって左手に

このような掲示がありました。
(この掲示がかなり傾いていたのでまっすぐになるようカメラを傾けた結果、背景全体がかなり傾いています)
右手に見えている本堂の中に入るには数段の階段を登る必要がありますが、こちらのスロープを使うことで回避できるようです。

こちらのスロープ経由で本堂に上がれるようです。
本堂の奥には一遍上人が木像を作るために自らの姿を映したとされる「御影の池」があるのですが、今日はなにやら作業中のようでしたのでそちらへ行くのはやめておきました。
本堂をあとにして、改めて山門周辺を見学することにします。
駐車場寄りの道を歩いていくと、左手にふたつのお堂があります。

向かって左手のこちらのお堂は、熊野権現堂です。
建治2年(1276年)、智真(後の一遍上人)は、熊野本宮大社證誠殿にて百日参籠を続けたところ、熊野権現(阿弥陀如来)が現れ、お告げを受けた智真はその後一遍と名乗るようになった、とされています。
一遍上人とゆかりの深い熊野権現様ですから納得ですね。


向かって右手のこちらは、東権現です。
明治以前に養蚕の守り神として各夜姫が近くの東澤寺にまつられてありましたが、廃寺となってしまったので当地に移転しておまつりしているとのことです。


山門まで戻ってきましたので周囲を見学することにします。
ちなみに右奥に見えている建物がお手洗い(手水舎ではなくトイレ)になります。

「史跡 当麻山無量光寺」という説明文の石碑です。
題字は相模原市長 河津 勝 との署名。
文末には「昭和四十四年 相模原市観光協会」との銘があります。
河津勝さんは1965年から1977年までの3期12年にわたって相模原市長を務められた方です。
無量光寺の境内は相模原市指定史跡となっています。

無量光寺に関する指定文化財・指定史跡についてまとめられた案内です。
平成13年4月1日 相模原市教育委員会
との記載があります。

「かながわの景勝50選」に選ばれていることを示す碑です。
「かながわの景勝50選」は1979年に制定されたもので、神奈川県を代表する景勝地が50箇所選ばれています。その中のひとつに当麻山無量光寺が選ばれています。

山門に向かって右手前にある「なぎの木」と題された説明文の石碑です。
こちらも題字は当時の河津市長となっています。
この木は「さかさナギの木」とも呼ばれ、一遍上人がなぎ(梛)の杖を地面に刺したところ、そこから大きく育ったものともいわれています。


最初にクルマで登ってきた道を歩いて降りていきます。
右の木立の向こうの方には高速道路のインターチェンジに近い県道52号が走っていて、坂道を登っていくたくさんのクルマの音が聞こえてきます。

外門の手前(内側)に立っていた「時宗大本山無量光寺」の碑です。
明治の時代になって、時宗の総本山は藤沢の清浄光寺(通称遊行寺)と定められ、無量光寺はそれに次ぐ大本山と定められ、第二次大戦終戦まで続きました。

外門までやってきました。
「時宗當麻山無量光寺」との碑が立っています。

そのとなりの超一等地には

少々くたびれてはいますが簡潔にまとめられた案内板がありました。
相模原市と相模原市観光協会の連名で書かれておりますので、山門左にあった案内石碑と同時期、昭和40年代に立てられたものではないでしょうか。
長年の風雨にさらされながらもがんばって立っていらっしゃる案内看板さん、お疲れ様です。
このあとは降りてきた坂道を登って駐車場に戻り、クルマにて帰路につきました。
まとめ
相模原市南区当麻にある「当麻山無量光寺」について書いてみましたがいかがでしょうか。
「一遍上人から始まる時宗の歴史を 750年を超えて今に伝える寺院」ということが伝わったら幸いです。
気になることがみつかった方は是非当ブログ内の各ジャンルの記事にも飛んで読んでいただけたら嬉しいです。
相模原市南区に興味を持っていただき、また、この記事を読んでいただいてありがとうございました。